乳房炎を起こす大腸菌群(Coliforms)は、主に大腸菌とクレブシェラ(Klebsiella pneumoniae)で、後者の方が激しい症状を起こす傾向があります。
大腸菌群は多くの場合、甚急性乳房炎として、激烈な症状(食欲停止、泌乳停止、起立不能など)を起こします。他の乳房炎と比べて、致死率や廃用率も高い傾向にあります。
予後不良の場合が多いので、生産者にとっては、心的負担が大きい疾病です。
この病気が厄介なのは、菌そのものではなく、菌の崩壊によって放出される菌体内毒素(エンドトキシン)によって病態が悪化することです。
多量に放出されたエンドトキシンは、免疫物質サイトカインの過剰反応を誘発し、SIRS(全身性炎症反応症候群)という病態を起こし、進行すると多臓器不全を起こします。
通常、乳房炎は培養により原因菌を特定して治療しますが、大腸菌群による乳房炎は、症状の進行が速いので、培養結果を待っていられません。
そのため、乳汁サンプリングと培養は行いますが、以下の症状がみられたら、大腸菌群性乳房炎を疑うべきです。
1. 全身症状(発熱、食欲停止)
2. 乳房の激しい硬結、乳量の著しい減少(または泌乳停止)
3. 透明な乳汁
4. 黄色い(卵をといたような)ブツ
このような症状を発見したら、生産現場では、①検温、②獣医師への診療依頼、③乳房洗浄を行うことが推奨されます。
まず、体温を測り、獣医師に診療を依頼し、体温を報告して下さい。
乳房洗浄は、生理食塩水1~2ℓで環流します(乳房が大きい牛では、さらに量を増やす場合があります。また、高張食塩水による洗浄の有効性も示唆されています)。
これにより、乳房内のエンドトキシンが排出されるので、現場の初期対応として非常に有効です。
これらの処置を行いつつ、獣医師の到着を待って下さい。
治療は獣医師に一任すべき事項ですが、以下に、文献等に基づいた妥当な治療法を記述します。
まず、発症初期に殺菌性の高いセファゾリン系乳房炎軟膏を使用すべきではありません。
殺菌性の高い薬剤の乳房内注入は、菌の崩壊を促し、多量のエンドトキシンを放出するため、逆に症状が悪化するからです。
そのため、乳房へ注入する抗生物質は、菌崩壊を起こしにくいものを使うか、あるいは全身症状が収まるまで使用しない方がよいでしょう。
また、SIRS(サイトカインの過剰反応)を抑えるためのステロイド、NSAIDs(フルニキシン等)は、急性期の全身症状を緩和するのに有効です。
さらに高度に脱水する場合が多いので、7%重曹注や高張食塩水を静脈内投与して、細胞外液(循環血流量)を確保します。
そして、循環血流量を確保したら、消耗を緩和するためのアミノ酸や高張糖類(25%キシリト-ルなど)を投与します。
しかし、上記の事項は獣医師の専門領域になるので、生産者の方は検温や乳房洗浄を行いつつ、獣医師に往診を依頼して下さい。
なお、厳密には、乳房洗浄も治療行為にあたります。
そのため、獣医師と共同で、診断→現場対応→治療までの流れを文書化(マニュアル化)することが推奨されます。
(獣医師の指示下で、乳房洗浄を行うことを明記しておきます。)
予防としては、牛用の大腸菌ワクチン(イモコリボブ、スタートバック)が有効です。
これらのワクチンは、大腸菌群が共通に持つ内毒素(エンドトシキン)への抗体を産生するといわれています。
そのため、発症の抑制ではなく、発症後にエンドトキシンによって悪化する病態を緩和する効果が期待されます。
実際、前の職場(静岡県畜産技術研究所)で大腸菌ワクチンを使用しましたが、致死率や廃用率は劇的に下がりました。
また、乳頭口除菌も予防上、重要です。
OS性乳房炎と同様、ミルカー装着前の乳頭口清拭の徹底、あるいはアルコール綿やウェットティシューによる仕上げ作業が有用です。
大腸菌群のうち、とくにKlebsiella Pneumoniae は、オガクズに存在し、高温多湿下で増殖します。
そのため、オガクズを敷料に使っている農場では、1日2回以上の敷料交換が推奨されます。
大腸菌群性乳房炎も、上述のように、診断・応急処置・治療・予防を文書化(マニュアル化)し、一連の仕組み(システム)として運用することが重要です。